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スマブラ史に残る、一線を退いたレジェンドプレイヤー達

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皆さんこんにちは。ウメブラスタッフのエルです。

今回はちょっと趣向を変えて、過去スマブラXやスマブラForで華々しい活躍をし、現在は様々な理由で第一線を退いたレジェンドプレイヤー4選を紹介します。

昔から界隈にいる人には懐かしい内容であり、最近スマブラ界隈のプレイヤーに興味を持った人にとっては初めて知る内容かもしれません。

人によって様々なレジェンドプレイヤーがいると思いますが、今回は私が独断と偏見で選びましたのでご了承ください。

日本最強を証明したレジェンド

まず最初に紹介するプレイヤーは、おおとり(Otori)です。

彼がなぜレジェンドなのかといえば、スマブラX以降の作品で唯一日本人が最強であることを証明出来たプレイヤーだからです。

彼のプレイスタイルは私の主観ですが、1つ1つの行動に妥協を許さない精度の高い動きが特徴的です。

細かいセットプレイを大事にし、有利状況でも不利状況でも崩れることのないプレイスタイルは彼の成績に確かな安定感をもたらしました。

残念ながらスマブラFor以降表舞台に現れることはほとんどなくなりましたが、アメリカに遠征した際に私が「おおとりは今何をしている?」と聞かれた回数はかなり多いです。

おおとりのエピソード

それでは実際のエピソードについて振り返ります。

遡ること2012年にAPEX2012という当時世界最大の大会(今で例えるならばEVOかGENESISに相当)に日本人有力プレイヤーの1人として参加しました。

その大会において、彼はルーザーズに落ちること無く有力選手を次々と倒して優勝しました。

個人的に特に山場だった試合は、日本人遠征者で最有力と言われていたNietonoを倒して勢いに乗るNairo(日本人とNairoの初顔合わせの大会)とのWFです。

初のアメリカ遠征で会場はUSAムード一色の中、セットカウント不利の流れから勝ちきりました。

当時メタナイトの同キャラはアメリカに比べて日本は遅れていると言われていたのもあり、プレッシャーもすごかったことだろうと思います。

現在はEVOやGENESISやSSCなど、スマブラの世界大会といえばいくつか名前があがりますが、この頃言えるような大会は1年でAPEXのみでした。

そういう意味で、2012年は日本がアメリカのスマブラシーンより進んでいることをはっきりとした結果で証明したと言えるでしょう。

※参考までにこの大会の2位はNietono、3位はNairoである。またOtoriはダブルスも優勝し2冠を達成している。

前人未到の記録を打ち立てたレジェンド

スマブラの歴史においてレジェンドプレイヤーは誰かと聞かれ、おそらく最も多くの人が想像する選手がZeRoではないでしょうか。

彼はスマブラXの中期以降からアメリカに現れ、すでに界隈に存在感を示しますが、最も華々しい伝説を築いたのはスマブラForの時代です。

彼のプレイスタイルは研究と知識に裏付けされた無駄のない動きであり、特に崖でのセットプレイでは無類の強さを発揮しました。

リスクの少ない堅実なプレイをするかと思えば、大胆な行動を何故か通してしまったりと、彼にしか見えていない世界があったことは間違いないでしょう。

彼の全盛期時代に同じ宿に泊ったことがあるのですが、王者の地位に甘えず誰よりも早く動画を見てしっかりと自分の動きをチェックしているのが印象的でした。

プレイヤーとしての強さだけではなく、界隈のことを考えた行動や発言を含めて多くのプレイヤーが彼のことを尊敬していました。

ZeRoのエピソード

それでは彼の記録の一部について振り返ります。

彼の記録といえば、PGRで4期連続1位を取り続けた絶対王者が有名ですが、その中でも特に1期に当たる期間に立てた記録は驚異的です。

具体的な内容としては、彼は2014年11月のWii U版発売~2015年の10月の大会でNairoに負けるまでの約1年間、出場した大小全ての大会で優勝しています。

さらに驚異的なのは、その最中に行われたEVO2015ではTOP32(64だったか記憶曖昧です)までストックを落とすこと無く進み、最終的に1セットカウントも落とすこと無く優勝しました。

勿論1セットカウントも落とさず優勝したのは、全てのゲームタイトルを含めてEVO史上ZeRoだけの偉業です。

絶対王者のままForは現役引退、SPではストリーマーに専念しまだ目立った活動は行っていないが、復活を望む人も多いのではないでしょうか。

多くの人々の記憶に残ったレジェンド

スマブラForにおいて日本人で最も人気者のプレイヤーは誰かと聞かれたら、らない(Ranai)の名前を挙げる人は多いのではないでしょうか。

彼はスマブラDX時代からオフ会に参加を始め、スマブラシーンで多くの人に名前が知られだすのはスマブラXの中期以降となります。

この頃から日本のトッププレイヤーの1人として国内では注目されており、高いレベルで多くのファイターを使いこなし、当時日本最強であった9Bキラーとしても存在感を示していました。

そんな彼が最も注目を浴びたのはスマブラForの時代であり、彼自身が好きなゲームであるどうぶつの森のファイターであるむらびと使いとしてのRanaiです。

前述したとおり、彼は多数のファイターを高いレベルで使いこなすことが出来るプレイヤーでした。

逆に言うとファイターを絞らず色々と使っており、そんな彼がファイターを絞って使えば最強ではないかと一部では噂になっていたのを実現したのがRanaiむらびとです。

らないのエピソード

多くの人々の予想通り、ファイターを絞った彼はスマブラForが発売された2015年に、瞬く間に日本最強プレイヤー候補として大会で結果を残します。

そんな最中、2016年1月に多くの日本人の悲願である打倒ZeRo&海外の大型大会優勝という期待を受けてGENESIS3に参加します。

多くの人が期待するというプレッシャーの中、危なげなく日本人として唯一勝者側でTOP8、決勝と進出し、遂にGENESIS3のWFという絶好の舞台でZeRo VS Ranaiは実現しました。

結果として勝利することは出来ませんでしたが、フルセットのラスト1ストックという死闘を繰り広げ、スマブラFor最高の名試合の1つとして現在に語り継がれる試合です。

現在はスマブラSPの開発側に回ったということで、大会の表舞台に出てくることはなくなりましたが、いつの日か彼のプレイをまた見たいと望む人は多いはずです。

日本スマブラ界隈の発展に貢献したレジェンド

スマブラX以降において、界隈の発展に最も貢献したプレイヤーは誰かいえば、9Bの名前を挙げる人は多いでしょう。

彼はスマブラDX時代からスマブラシーンに関わっている古参プレイヤーですが、特に存在感を示したのはスマブラX~Forにかけてではないでしょうか。

スマブラX時代は、メインキャラを次々と変え、スネーク/デデデ/アイスクライマーという異なる3つのファイターで固定して国内の大型大会を優勝しています。

特にアイスクライマーはスマブラX時代の彼の代名詞でもあり、Xの最終的な世界ランキングでNairoと同率1位という評価を世界から受けています。

プレイヤーと運営で界隈に最も貢献

強さだけ見ても当時関西で行われていたスマバトにおいて、20/28を優勝するというとんでもない成績を収めていますが、彼が更に凄いのは大会を主催しながらということです。

スマブラForにおいてもスタイルは変わらず、ロゼッタ&チコ/リュウ/ベヨネッタと異なるファイターで好成績を収め、特にリュウとベヨネッタでは世界最強候補にもなっています。

また変わらないのは強さやプレイスタイルだけではなく、スマバト主催やSHI-Gスタッフという運営面でも精力的に活動を続けていたということです。

プレイヤーとスタッフという両方の面でスマブラ界隈の最前線を走り続け、界隈の発展に大きく貢献し、今は開発側として公式大会等でマイクを握る機会も増えています。

おそらく私が思う日本での競技シーンとしてのスマブラの発展に最も貢献した人物であり、今後も何らかの形で界隈をリードする人物の1人であるレジェンドです。

まとめ

いかがだったでしょうか。今回紹介するプレイヤーは色々と迷いましたが、2020年6月現在スマブラSPで活動を停止しているプレイヤーに絞って選ばさせてもらいました。

条件を変えれば他にも多くのレジェンドプレイヤーが存在する界隈ですが、現在競技シーンで中々見ることの出来ないプレイヤーを1人でも多くに人に知ってもらえる機会になれば幸いです。

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